人間として最低限読んでおくべき(らしい)書籍リスト
http://anond.hatelabo.jp/20080313204959
何となく西洋の哲学書が多いような印象を受けます。このリストを作成した方は、恐らく東洋哲学に関心がないか、その教養に欠けているようです。一応、日本人による明治以降の思想書は含まれていますが、それでも西洋思想を中心軸とした一覧表であることは否めません。
また、上のリストには西洋の知識人ならば誰もが読んでいるはずの『新約聖書』やダンテの著作に強い影響を与えた『ニコマコス倫理学』が抜けています。前者はせめて「マタイによる福音書」の第七章くらいは暗記しておきましょう(NIV版)。後者は無料で読める英訳版がネット上にあるので試しに読んでみるのもいいでしょう(英訳版)。同じアリストテレスでも『詩学』よりも余程重要ですよ。
ついでにニーチェを読むのであれば、基礎知識としてショーペンハウアの『意志と表象としての世界』を読んでおく必要があります。出来れば応用編としてリストにあるハイデガーだけではなく、サルトルにも目を通しておきましょうね。
東洋にも諸子百家の時代の中国哲学や儒教、仏教、石門心学など素晴らしい書物がたくさんあります。古人から学べることは無限にありますね。
でも本当は、リストに挙げられた何冊かを原語で繰り返し精読するのが一番効率の良い学習法かもしれません。もちろん、「学んで思わざれば則ち罔し」ですよ。
追記: 古典を読む理由
端的に言って古典とは誰かが既に考えたり、感じたり、思い付いたような事柄の記録です。
つまり、コンピュータプログラミングで例えると、古典を読むことは「使えるライブラリを一通り揃えること」と同じと言えます。
一生のうち脳を思考に使える時間は限られています。また、あなたが思い付くようなことの大半は、過去に誰かが十分に考え尽くしたことです。よって、あなた自身がそういった事柄に再び思い悩んでも資源の無駄遣いに過ぎません。
*1:だからこそ、学んで思わざれば則ち罔しなのですが…
イデオロギー中毒の自己診断法
自分の思想(イデオロギー)と正反対の意見を見たり聞いたりした際、思わず相手の人格を否定するような言葉や態度を取ってしまいそうになっていたら、あなたはイデオロギー中毒者です。この際、血の気が引いたり、指が震えるといった自覚症状があるならば、中毒は末期に達しています。これほどの強い情動を覚えるのは、中毒を通り越して依存状態かもしれません。今すぐ対策が必要となります。
症状を緩和するには二つの方法が考えられます。一つは、しばらくイデオロギーから距離を置くこと。もう一つは正反対の思想を積極的に触れ、耐性を付けることです。相手との差異を適切に評価できるようになると、情緒的な混乱が収まってきます。また、何よりも普段からの自己批判が大切です。
ちなみに、イデオロギーとの付き合い方は「正反対の意見に触れたときに思わず苦笑してしまう」くらいが適切でしょう。自己の思想を客観的に捉えているからこそ、反対意見を笑って受け止めることができるのです。
No, we can't
中国産加工食品における残留農薬問題: 不安感の払拭こそが重要
前回のメタミドホス問題に関して「残留農薬の問題ではない」と書いたが、新たに発見された別種の農薬「ホレート」に関しては残留農薬の問題だ。ちなみに問題となった加工食品はアスパラを包んだロールカツであり、このアスパラから問題の薬剤が検出されたらしい(参考)。
さて、ここにきて消費者に情報を提供する側が憶測に基づいて中国産食品の危険性を喧伝するようになってきた。
検査態勢の差を理解した上で、高濃度農薬を使い生鮮野菜としては輸出できない野菜をわざと加工食品に回していたのだろう
この厚生省官僚は、天洋食品で使われている野菜の全てが中国産であることを前提として発言している。だが、中国産の加工食品に使われている野菜は、より安価なベトナム産の方が多い。果たして山東仁木食品*1で使われる野菜は全て中国産なのだろうか。そういう情報こそ厚生省が調査し、公開すべき情報だ。
実際、ベトナム産野菜の安全性は中国産のものよりもかなり低い*2。過去に前科もある(参考)。もしベトナム産野菜が使われているとするならば、加工食品の残留農薬は単純に中国だけの問題とは言えなくなる。中国食品を叩くだけでは消費者の不安感は払拭できない。
極論を言えば、外国産野菜の一切を輸入禁止する以外に根本的な解決はないだろう。だが、全てを輸入禁止すれば、必然的に国産野菜の価格は暴騰する。当然、消費者の大多数は損をする。現実的な話ではない。結局、もう少し前向きな妥協策を検討する以外にないだろう。
ところで、上に挙げたニュースにある垣田氏(消費者問題研究所代表)による発言にも同様の決め付けがある。
故意に混入したとされるギョーザ事件と違い、普通の食品から高濃度が検出されたことは事態がより深刻。中国国内で禁止農薬が堂々と使われていたことを意味している。
やはりそう断言は出来ない。曲がりなりにも研究所の名を冠しているならば、せめてアスパラの産地を明らかにした上で発言して欲しい。そうでなければ、いたずらに消費者の不安を煽る結果にしかならない。
*1:今回問題となる商品を輸出した食品工場
靖国神社: 真の伝統だけが生き残る
内閣総理大臣による靖国神社への公式参拝を肯定する際、頻繁に使われる論法がある。アメリカの事例を挙げることだ。
例えば、アメリカの大統領就任式において新大統領は聖書に手を置いて宣誓をする。また、アメリカの裁判や国会において証言者は聖書に手を置いて真実を述べると誓う。確かにこれらは事実だ。
しかし、これは根本的な部分を誤解している。こういった政治的な行事に宗教的な象徴を用いるのは、世界*1でもアメリカだけなのだ*2。よってアメリカの事例を挙げるだけで「世界でも政教分離は有名無実である」とは言えない。もし、アメリカの事例を以って政教分離を否定するとするならば、直ちにフランスやドイツ、ロシアなど他国の大統領就任式の事例*3で反駁されてしまうだろう。
また、約10年前に施行された国旗及び国歌法に関する法律を支持する際にも同じ傾向が見られた。即ち、「世界では」国旗と国歌が法律によって規定されているのだから、日本でもそうするべきだという意見だ。
この問題を政教分離の例と同じような詭弁を用いて否定するとすれば、イギリスの事例を上げることが出来る。無論、それも同じく「イギリスが世界の例外だから」に過ぎない*4。
そもそも自国が持つ独自な文化や伝統、習慣に関して他国の例に倣う必然性があるのだろうか。もし全ての要素を他国と同じようにしなければならないとするならば、極論すると日本語*5すら捨てさらなければならないだろう。
だが、論じるまでもあるまい。日本語を捨て去る必要は全くないし、そもそも不可能だ。日本人は日本語を使う人々なのであり、この伝統は容易に覆せるものではない。たとえ今、他国が日本を占領して別の言語を強制したとしても、依然として日本人は日本語を使い続けるだろう*6。
日本語は真の伝統であり、本物であるからこそ決して揺るがない。つまり、本当に文化や伝統を守りたければ、下らない理論付けをする必要などない。伝統とは、多少の困難に直面しても自律的にその在り方を維持できるような人間の営みだからだ。理屈抜きで維持できないようなものは本物の伝統ではない。そう断言しても良い。
靖国神社が国の伝統と信じるならば、むしろ悠然と構え、その盛衰は時の移ろいにこそ委ねるべきだろう。
余談
但し、靖国神社が真の伝統であるかどうかは疑わしい。特に幕末期に逆賊の汚名を着せられた武士の末裔としては首肯しがたいものがある。ま、分かる人にしか分からないだろうが。
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*1:厳密には、主権在民と政教分離、共和制を採用する近代国家の条件が揃った国々の中で
*2:正確にいえば、イギリスでも地域によっては聖書を用いる。
*4:そもそもイギリスは潜在的な主権を持つ王国群がイギリス王室(イングランド)を盟主として連合を組むことで成立した国だ(似たような例としてアラブ首長国連邦がある。)。また、成立以降は敗戦したことがないために国家体制が近代の面影を残しており、色んな点で例外だらけの国と言える。
*5:世界でも極めて孤立した言語だから。
*6:かつて欧米諸国の植民地にされた地域の人々も決して自分たちの言葉を忘れず、使い続けていた。このことを鑑みれば、(別言語を強制されても)日本語を使い続けるという推測は正しいと言えるだろう。