American joke a la Hollywood lah!

カリブの海賊: 世界の果てで』において周潤發が演じているシンガポールの海賊サオ・フェンは、劇中において中国語の官話を話している。これは非常に奇妙な光景だ。

官話は英語で言うところの Mandarin*1であり、現在の中国語における標準語(普通話)の基礎となっている。但し忘れてはならないのは、官話が華北を中心とした中国大陸における北方地域の方言であるという点だ。

確かに中国の首都が北京になって以来、官話が中国語の代表となった。そのため、現代における殆どの中国語話者は官話(正確には普通話)を理解できる。当然、シンガポールやマレーシアなど中華系の人々が多い国や地域では、普通話が使えれば(少なくとも簡単な)意思疎通は可能だ。

しかし、それが『カリブの海賊』の舞台となっている約300年前の世界となれば話は別だ。当時、シンガポールにいた華僑は基本的に福建語(特に閩南語)しか理解できなかったはずだ。ましてや劇中のフェンのように流暢な官話を話せるわけがない*2

ただ、ここで「お国訛りが違っても同じ言語ならば大した差はあるまい」と考える向きもあるだろう。確かに日本語は各方言間における差異が小さい。せいぜい互いの会話が聞き取りにくいといった程度であろう*3。但し、これは明治期に政府が極端な「方言狩り」を行った結果である。一方、中国語における各方言の話者間では、筆記であろうと口頭であろうと意思の疎通もままならない。しばしば中国共産党は他文化の抑圧を好むと喧伝されているが、言語に関する処置に関しては明治新政府の方がより苛烈であったようだ*4

要するに、少なくとも300年前の世界では官話と福建語は実質的に別言語であった。だから、劇中においてフェンが官話を流暢に話すというのは、生粋の薩摩藩士が流暢な津軽弁を話すというくらい奇妙な光景なのだ。これこそまさに、ハリウッド流のアメリカンジョークと解するべきだろう(大嘘)。

*1:「お役所言葉」という意味。

*2:ただ、香港出身である周潤發が話す普通語は、広東訛りが強いという批判もある。

*3:但し、奥羽地方の一部(特に津軽弁ケセン語)と琉球地方を除く。これら地方は別系統の言語(アイヌ語琉球語)の影響が強く残っているため、他の方言話者との意思疎通が困難なことがある。

*4:中国大陸の広大さを考えると、この領域内で同じ言語を強制することは原理的に不可能なだけかもしれない。だが、同じ広大な領域を持つロシア(旧ソ連)では、標準語の強制が徹底していたために国内における方言間の差が少ない(参考)。そう考えると、やはり中国政府は国語政策に関しては比較的寛容と言えるだろう。実際、チベット自治区においてチベット語教育が禁止されているわけではない。