天洋食品餃子による有機リン系中毒問題:まとめ(2月4日現在)

今回の天洋食品餃子による有機リン系中毒問題(通称:毒餃子事件)は情報が錯綜しており、中国に対する強い不快感だけが先行しているような印象を受けます。そこで錯綜する報道を整理し、問題を分かりやすくまとめてみました。この問題に対する冷静な考察の参考になれば幸いです。

情報源について

2月4日現在までに報道機関によって発表された記事のうち、ネット上で得られるもののみを情報源として採用しました(既にリンク切れを起こしているものがあるかもしれません)。但し、科学知識に関しては報道機関以外の情報も採用しています。また、JTによる株価操作疑惑は、報道機関による情報が少ないため、今回のまとめには掲載されていません。

まとめと考察

各詳細の先に、まとめの概略と報道記事を参考にした考察を置いておきます。各情報のソースは後ほど。

  • メタミドホスによる中毒と確認されたのは、千葉と兵庫で3家族10人のみ
  • 事件の発覚後に餃子による中毒を自己申告した約2千人のうち、有機リン系の中毒は確認されていない
  • 天洋食品から輸入された餃子のうち、非常に限られた製品にのみメタミドホスが検出された。
  • 天洋食品は会見において陳謝を繰り返した。また中国企業による会見開催は異例。対応も素早く政府レベル。
  • 関係者によると天洋食品ではメタミドホスは保管されておらず、使用もされていない。
  • 天洋食品の労働環境は決して良いとは言えないが、他の企業と比較して格別悪いというわけでもない。
  • ニンニクを食べ過ぎると腹痛や下痢が起きる。
考察

薬剤混入の原因は、天洋食品側の品質管理体制や中毒被害の実態から、「人為的な混入」という仮説が有力だ。但し、混入した製品の個数は限られており、その犯行がいつどこで行われたかは不明。

もし工場内の製造過程の過失で混入したのならば、被害はより広範なものとなっているはず。だが4日現在、有機リン系中毒症状が確認されたのは10人程度である。よって製造過程における過失によって混入した可能性は低い。また、野菜の残留農薬では急性中毒を起こすほどの量は混入し得ない。つまり、残留農薬説では130ppmという大量の混入は説明できない。

天洋食品は輸入の際、外部からの接触を防ぐ輸送手段を採用している。よって工場〜天津港〜日本までの搬送路において薬剤が混入した可能性は薄い。よってメタミドホスの混入が可能であるのは、従業員による製造中か、日本に輸入された後しかない。

日本で混入されたとすれば、千葉と兵庫のみで行われたと言える。但し、メタミドホスは日本では禁止薬物に指定されていて入手は困難であり、園芸用害虫駆除剤からの精製も非常に困難。メタミドホス日本への輸入に関しては不明(可能かもしれない)。また、千葉と兵庫で売られていた餃子はそれぞれ別の港から荷揚げされているため、二県において偶然同じ薬剤が混入されたとは考えにくい。

中国国内で混入されたとすると、従業員は仕事の前に複数の監視員に私物の持ち込みをチェックをされることから、大量のメタミドホスは製造現場に持ち込めない。よって持ち込めるとしても極微量だが、これは今回の事件の被害実態と矛盾しない。ちなみに中国においてもメタミドホスは禁止されてはいるが、まだ在庫分が市場に出回っている。

包装紙に開いた小さな穴の有無と薬剤混入の因果関係は不明。千葉の中毒例では包装紙に穴は開いていなかった。穴が開いていてもメタミドホスが検出されなかった商品もある。穴の有無と薬剤混入とは恐らく無関係。よって日本の右翼や農業関係者による犯行説には説得力はない。同時に中国側の反日テロである証拠も見付かっていない。

総まとめ

天洋食品の労働環境に不満を持った従業員が製造中にメタミドホスを意図的に混入した。但し、混入された商品の個数はごく僅か(片手で数えられるほど)。以上が現在(2008年2月4日)までに判明した情報から推測できる実態のうち、最も有力なものである。

以下、各方面の詳細を参考記事を挙げながら検証する。参考記事は特に関連性が強いものを掲載したが、内容は必ずしもその項目だけに当てはまるわけではないことに注意。例えば、ある記事に天洋食品と中毒患者のことが書かれていても、そのリンクは当エントリ内では一度しか貼られていない可能性がある。

メタミドホスの詳細

メタミドホスは主に殺虫剤として用いられる有機リン系の薬剤。中国名は甲胺磷(俗称: 達馬松)。

メタミドホスのADI(一日許容摂取量)は体重1kgあたり一日に0.004mgまで。一日許容摂取量の範囲内であれば毎日食べても健康に対して何の影響もない。もちろん食べた直後に嘔吐や下痢は起こりえない。急性中毒が起きる摂取量(ARfD)は体重1kgあたり一日に0.01mgまで。半致死量は1kgにつき約30mgなので、50kgの人ならば1.5グラムとなり、かなり大量。

メタミドホスを農薬として使用することは、日本でも中国においても禁止されている。但し、中国においては2004年に製造と販売を禁止しているが、恐らく在庫分が依然として市場に出回っている。

http://ameblo.jp/vin/entry-10069713607.html
http://fcsi.nihs.go.jp/dsifc/servlet/SearchApp?key=302&appkind=pestressearch&searchkind=detail_page&searchcondition=id
http://sankei.jp.msn.com/world/china/080203/chn0802030015000-n1.htm
http://www.sasayama.or.jp/wordpress/?p=815
http://www.pref.aichi.jp/eiseiken/3f/met.html
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20080131-1068087/news/20080202-OYT1T00392.htm
http://www.asahi.com/national/update/0202/TKY200802010394.html
http://www.fsic.co.jp/fruits/kw/3up.htm
http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2008020202084333.html
はてなダイアリーのキーワード「メタミドホス」
Wikipediaにおけるメタミドホスの項目

メタミドホスによる中毒被害の詳細

千葉及び兵庫県警の発表によると、メタミドホスが混入した冷凍餃子による中毒と確認されたのは3家族10人のみ。それぞれ千葉県市川市の5名と千葉市稲毛区の2名、及び兵庫県高砂市の3名という被害状況。

他にも2000人以上が餃子による被害を申し出ているが、メタミドホス有機リン系)の中毒と確認された例はない。

川越市保健所によると川越市の母娘が食べて下痢を起こした餃子の包装紙には穴が開いていたが、メタミドホスは検出されなかった。沖縄でも浦添市男児メタミドホス中毒ではないかと病院を受診したが、該当成分は検出されなかった。他誤申告多数。

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp200802030266.html
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080130-OYT1T00482.htm?from=main2
http://www.okinawatimes.co.jp/day/200802011700_02.html

メタミドホス混入の詳細

千葉稲毛区で起こった中毒例では、被害者の吐しゃ物(ゲロ)と餃子(皮と具)からメタミドホスが130ppm検出された。餃子一つの重量は14gであることから、1個あたり1.82mg(14gx[130/1000000])。メタミドホスのARfDから分かるように、被害者の体重が50kgと仮定しても急性中毒量に達している(50x0.01=0.5mg)。その他の例では薬剤の混入程度が不明。兵庫の例においては、女性は1個食べただけで倒れたとされている。相当な濃度であったようだ。特に二男が11個食べており、毒の混入量が千葉と同じだったと仮定すると実に約20mgの薬剤を摂取している。但し、繰り返すが詳細は不明。

生協の組合員から回収した餃子2袋から0.02-0.04ppm のメタミドホスが検出された。袋に穴は開いていなかった。0.04ppmの場合、餃子一個あたりの検出量は 5.6マイクロミリグラム(14x [0.04/1000000])という極微量。中毒を起こすには全く足りない。よって残留農薬の可能性が大。残留農薬だとしても全く許容範囲だ。あ、計算間違ってたら指摘してね。

兵庫県警によると、輸入業者「双日食料」から提出された冷凍餃子の6袋すべての包装紙の外側からメタミドホスが検出された。うち1袋に穴が開いていた。この穴の形状は高砂市の商品にあった穴と形状が異なる。以上から、この場合は袋詰めの後にメタミドホスが付着した可能性が高い。検出量は不明。化合物であったということからメタミドホス単体ではなく、一般的な殺虫剤の可能性あり。別の20袋も現在調査中。

千葉県警は生協から提出された冷凍餃子90袋を鑑定中だが、10月20日市川市の母娘が食べたものと同じ日付)に製造された餃子からはメタミドホスは検出されなかったと発表した。

実際に中毒被害のあった餃子のうち、千葉で販売されていたものは横浜港から、兵庫で販売されていたものは大阪港から荷揚げされている。同じ薬剤が別々の場所で混入したとは考えにくいため、中日新聞は中国国内で混入したと考える方が自然だと結論付けている。

兵庫で中毒を起こした餃子の包装紙やトレーに3ミリ程度の穴が開いていたが、千葉の餃子パッケージには開いていなかった。外側から薬物が検出された商品のうち、1袋に穴が開いていたが、中身は汚染されていなかった。川越市でも穴が開いた包装紙が見付かったが、メタミドホスは検出されなかった。よって穴の有無と汚染の因果関係はないといえる。

(追記)兵庫県警の調査によると、包装紙の外側にメタミドホスが付着していた6袋のうち、穴が開いていたものとは異なる袋の内側からメタミドホスが検出された。この袋からは筋状の傷がついていたが、メタミドホスの性質上、その傷から薬剤が浸透したとは考えにくい。よって包装前の段階で汚染された可能性が高い。但し、兵庫で一家が中毒を起こした餃子の例では、包装紙の外側からは薬剤は検出されていない。よって外側の汚染は別経路でメタミドホスが付着した可能性もある。

http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200802040082.html
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080203-OYT1T00750.htm
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080201-OYT1T00733.htm
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080203-OYT1T00307.htm
http://www.asahi.com/national/update/0203/TKY200802030099.html
http://www.asahi.com/national/update/0130/TKY200801300289.html
http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2008020202084333.html
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080201/crm0802011323021-n1.htm

天洋食品の詳細

工場内について

天洋食品が主張するには、工場内では殺虫剤は使われておらず、代わりに粘着テープが使われている。よって有機リン系殺虫剤(メタミドホス)の混入はありえないと強調。双日食料が記録を調べたところによると、過去1年間において工場内にメタミドホスが保管されたことはない。

生協が餃子に使用された野菜の検査記録を調べた結果、メタミドホスは検出されていなかった。同じく生協によると、工場内殺虫に使われた燻蒸用の薬剤にメタミドホスは使われていなかった。また、生協とJTの調査でも天洋食品の工場にメタミドホスは保管されていなかったとしている。更に元従業員は、工場において何らかの毒物(殺鼠剤)が使われることがあるが、メタミドホスを見たことはないと述べている。

従業員は製造現場に入る前に腕時計を外し、消毒液に両手を約30秒浸す。頭はネットを被った上にメガネと帽子を着用する。白衣を着用後、表面についている細かいほこりを粘着ローラーで取る。また、複数の監視員によって私物の持ち込み・持ち出しがチェックされる。製造現場の床には常に消毒用の水が流れている。工場内は衛生に配慮して数年おきに改装される。

製品は出荷前に金属探知機を通し、箱詰めの際に目視で最終点検する。商品を運ぶコンテナは扉を鉛で封印し、日本に着くまで開けないようになっていた(ドアツードア方式)。

日本の一部の輸入業者は「日本よりも清潔な環境だという印象を覚えた」という。

http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3770734.html
http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2008020402084835.html
http://www.nikkei.co.jp/kansai/news/news002395.html
http://www.asahi.com/national/update/0202/TKY200802020235.html
http://www.asahi.com/national/update/0203/TKY200802020262.html
http://sankei.jp.msn.com/world/china/080202/chn0802021054002-n2.htm

記者会見について

天洋食品の会社代表が会見で繰り返し陳謝した(謝罪はしていないという見方もあり)。会社の主張によると、安全対策は万全であり、製品輸送の手法(ドアツードア方式)から中国国内における混入は考えられないとしている。これを原因は日本側にあることを示唆したものと見る向きもある。また、衛生管理が徹底されていなければ会社の不利益になることを認識していた(「衛生安全は食品会社の生命線」と発言)。

また、日本側と協力して原因を調査し、日本の消費者が納得できる調査結果を出したいと意欲を見せている。中国企業は事故が起きても会見を開かないことが多いため、この会見開催は異例だった。会見時間は20分。短すぎるという指摘もある。ちなみに検疫局による会見は15分。

この記者会見の全文は公開されておらず、公開された会話も各社によって翻訳のニュアンスが微妙に異なる。

http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2008020390070938.html
http://www.sanspo.com/shakai/top/sha200802/sha2008020305.html
http://www.sponichi.co.jp/society/news/2008/02/03/01.html
http://sankei.jp.msn.com/world/china/080203/chn0802030015000-n1.htm

従業員の労働環境について

中国国内で今年から、労働者の権利をより強く保護する新労働法が施行された影響で、企業は10年以上勤続した労働者と無期限労働契約を締結しなくてはならなくなった。このため、多くの会社で勤続年数が長い労働者が強制的に解雇されるようになる。所謂、駆け込み解雇である。実際、日本の記者にインタビューされた天洋食品の元従業員は「勤続の長い仲間と一緒に強制的に退職させられた」と述べている。

従業員の会社に対する他の不満としては、給料が十分でないとか、休みが少ない、一日の労働時間が長い、室内が寒い、病欠が許されないなどが挙がっている。但し、これらの労働条件は新労働法の施行以前は適法であったようだ。また、地元では待遇が悪い方ではなかったらしい。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080201-00000073-san-soci&kz=soci
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2008020190071019.html
http://sankei.jp.msn.com/world/china/080202/chn0802021054002-n3.htm
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2008&d=0115&f=column_0115_002.shtml

周辺情報

中国では日本の右翼関係者や産業関係者による犯行説が唱えられている。

また中国の医学誌『中華中西医雑誌』に掲載された論文は、1997年から2002年までの5年間の間にメタミドホスによる中毒が654件発生し、210人が死亡したと伝えている。但し、中国では農村部の女性が有機リン系の農薬で自殺することが多いため、中毒者の中には自殺(未遂)者が含まれているかもしれない。

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp200802030263.html
http://sankei.jp.msn.com/world/china/080201/chn0802012041007-n1.htm
http://medical.nikkeibp.co.jp/inc/all/hotnews/archives/176316.html

ニンニクの常識

ニンニクを食べ過ぎると腹痛や下痢が起きる。特に胃粘膜が弱い老人や子ども、病人は要注意だ。また、メタミドホスによる中毒ならば、必ず有機リン系特有の中毒症状が数日間続くはず。冷凍餃子を食べた後、ちょっと腹痛や頭痛が起きたとしても早合点しないこと。

http://alter-life.net/healthcare/plants/h_garlic.htm