若者の自殺率: High or Low?

一般的に信じられていること

日本における若者の自殺率は世界最高水準で、近年は増加率も高い。死因に関しても自殺が常に第一位。

ありがちな反論

すべてマスコミによる捏造、あるいは国民の錯覚である。*1,*2,*3,*4

日本国民全体で考えれば、自殺率が世界最高水準であることは認める。しかし、それは自殺する中高年が増えているからであり、若者に限って言えばむしろ低水準。それどころか激減している。(近年でも)減少傾向にあるのは世界(先進国中?*5)でも日本だけ。

死因の第一位であり続けているのは、若年者は癌や心疾患で死亡するリスクが低いために過ぎない。

反論に対する反論(とはいえ否定ではない)

世界との比較

一見すると、日本における若者の自殺率は世界最低水準に見える*6,*7。しかし、若年者の自殺率における下位層の国々を眺めていると、日本を含め国民全体の自殺率では上位を占める国々(ハンガリー, デンマーク, ベルギー, フィンランドなど)が多いことに気付く*8。つまり、国民全体の自殺率が高いので、相対的に若年者の全体に占める割合が小さくなっているわけだ。

全体に占める割合が小さいということが、即ち自殺者数の少なさを意味しているわけではない。それを証拠付けるように、若年者の自殺率における上位層の国々(メキシコ, エルサルバドル, フィリピンなど)は全体の自殺率では最下層に位置している。

余談だが、特徴的なのはポルトガルとロシアである。前者は年代別でも全体においても下位〜中位層に位置する自殺の少ない国だが、後者はどの年代層でも全体でも上位に位置しており、さすがは自殺大国だけある。また、自殺の少ない国々の殆どがカトリック+気温の高い国である。また、日本でも温暖な四国地方が県民全体で最も自殺率が低い*9。但し、沖縄は経済問題が足枷になっているせいか、男性の自殺率が高い*10

減少傾向?

また、「減少傾向にある」という指摘も疑問の余地がある。

日本における若者の自殺率が最も高かったのが1955年*11。その後は激減し、1965年から1975年にかけて再び増加したが、1975年を頂点に再び減少し始めた。そして、1990年に過去最低を更新した。ここまでの流れを見れば自殺率は減少傾向にあるどころか激減傾向にあると言って良い。

しかし、注目に値するのは 1990年以降である。1990年以降、若年成人を含めた若者(15〜24歳)の自殺率は明らかに「減少傾向」とはいえない。特に10代(15〜19歳)における若者の自殺率は、少しずつとはいえ純増(漸増)している。1955年の自殺者があまりに多いので、同じグラフ上で比較するとまるで「横ばい(目の「錯覚」で減少している)」のように見えるだけだ。

具体的な数字を出すと、2006年度における20代の自殺者が前年比5.0%増, 10代は3.2%増となっている*12

ところで、戦後最高を記録した1955年以降で唯一増加傾向が見られた期間は10年間(1965〜1975)であった。これは一種の「自殺ブーム」であったと考えられるだろう。しかし、近年の増加傾向は10代に限って言えば13年連続増であり、長期的な趨勢となる可能性もある*13

つまり、戦後以降の流れから鑑みれば自殺率は明らかに減少傾向にあるが、近年は(特に10代において)確実に増加傾向にあるということだ。つまり、これは昨今のマスコミによる喧伝と合致している。同時に、国連の「子どもの権利委員会」による(日本に関する)所見内容とも一致する*14。つまり、「若者の自殺が増加している」という報道は必ずしも「捏造」とまでは言い切れないわけだ。大袈裟に騒ぎ過ぎているという点は否定できないにしても。

以上をまとめると、若者の自殺率は世界と比較して目立って高いわけでも低いわけでもない。中高年以降の自殺者が多過ぎて相対的に低率に見えてしまうだけ。また、激増しているとは決して言えないが、不気味に増加傾向にあることは確かだ。

但し、近年ではフランス*15や韓国*16、中国*17において若者の自殺が急増しているらしいので、実質的な変化に関わらず、前述通り「低く見えてしまう」とは言えるかもしれない。

死因

「病気で死ぬ確率が低いから自殺が目立つだけだ」という意見は、現代社会に付きまとう主要な死因の一つを完全に忘れている。交通事故だ*18。年間約1万人以上が亡くなる原因であり、子どもと高齢者が比較的リスクが高いことは認めるとしても、現代社会に生きる限りは万人が交通事故の危機に晒されている。

もし、自殺が死因として有意に少ないと仮定すれば、疾患によって死亡するリスクが低い若者たちにとって(現実的なリスクを勘案すると)「交通事故」が常に最も多い死因となるはずである。しかし、少なくとも20代における第一の死因はまぎれもなく「自殺」であり、特に女性においては何と10代から40代に至るまで「自殺」が最も多い死因である*19

また、10代男性の第一位の死因は「不慮の事故(交通事故を含む)」だが、第二位の死因である「自殺」とは(20〜39歳における両原因間の差に比べれば)死亡者数にそれほど有意な差はない。

要するに、若者の死因において「自殺」が首位にあるのは偶然ではなく、やはり「自殺」が有意に多い死因だからなのである。